»
S
I
D
E
B
A
R
«
熱い炎・最強への挑戦 (1982年)
5月 25th, 2007 by icofit

熱い炎・最強への挑戦 (1982年)

以前検索したときには出てこなかったのですが、今日検索したらヒット! 古書も常にデータベースに追加されているんですね。スポーツライフ社の書籍は当時何冊も出ていて、有名な空手の師範、キックボクサーなどの本を私はほとんどすべて購入したのではなかったかと思います。おいおい、このコーナーでも取り上げていくつもりです。
この『熱い炎・最強への挑戦 (1982年)』は、私に大きな影響を与えた書籍としては5本の指に入る書籍ではないかと思います。それまで、大山倍達先生の著書を何冊も読んでいたのですが、実際には別のライターさんが記述していたらしく、楽しめる反面どこか現実感のなさを感じることが多々あったことを覚えています。
しかし、この書籍は違いました。ご本人が書いたのか代筆なのかはわかりませんが、等身大の格闘技選手の経験が素直に書かれている感じで、話がとてもリアルに伝わってくるのです。日本チャンピオン、世界チャンピオンになるためには、これだけのリアルな努力の積み重ねをしないといけないのだ、と自分の努力不足を反省させられたり、この人のようになってみたい、という気持ちを抱かせる書籍だったのです。また、すごくスマートで賢いというのか、大人のクールさという雰囲気も持ち合わせているかのような印象も受けました。何十回読んだかなあ。

その後K-1のチーフレフェリーとして活躍される姿を何度か拝見したのですが(レフェリング中、間違えて選手を膝蹴りしてダウンさせたこと、なかったでしたっけ?)、最近はあまりメディアではお見かけしませんが、現役時代の映像を収録したDVDなどもあるようですので、改めて購入してみようかと思います。

拳法教程 (1978年)
5月 25th, 2007 by icofit

拳法教程 (1978年)

Amazonのほうで検索して、なんか引っかからないなー、と思っていたら、なんと本のタイトルが『拳法教程 (1978年)』ではなくて『挙法教程』になっている…。一般的にはよくある間違いなんですけど、Amazonにもあるんですね。
さて、このタイトルの「拳法」とは澤山宗海先生が創始された「日本拳法」のことです。この武道からは過去にキックボクシングやボクシングのチャンピオンが何人も輩出されていますが、彼らの異常なまでのストレートパンチの強さが記憶に残っています。たとえばキックボクシングの猪狩元秀先生などは現役時代に勝利した試合の実に9割ものKO率を誇っていたと言われます。そのストレートパンチは空手やボクシングほどひねるものではなく、ちょうど45度ほどに倒した拳で相手を突くものだったらしいのですが、それはおそらく日本拳法の「縦拳突き」に由来するのではないかと思います。しかも、基本フォームを見てみると、肩からではなく体の中心からまっすぐ突きを出すようにしているのがわかります。これは、私が過去に勉強した香港の詠春拳も同じですし、その詠春拳をベースにブルース・リーが創始した截拳道(JKD)においてもその影響が色濃く見られます。詠春拳は胴体をあまり回しませんが、日本拳法ではしっかり肩を入れて打っているように見えます。

この書籍は手帳サイズで、携帯できるようになっているのですが、その中にかなりの情報を詰め込んでいるので、活字が極端に小さくて読みにくい、という弱点も…。しっかり読もうとすると結構疲れますね。しかし、組み手写真などでは若い頃の猪狩元秀先生と長江国政先生がモデルをつとめており、これは貴重な一冊だと思います。

私は1989年12月にこの書籍を古書で入手していますが、この時期は大阪に住んでいた頃です。近くの古書店がこれはまたすごくて、ブルース・リーの貴重な香港雑誌や武道の本がわんさとおいてありました。ここぞとばかりに買いまくったことを覚えています。

白鶴門食鶴拳―秘拳
5月 23rd, 2007 by icofit

白鶴門食鶴拳―秘拳

おそらく『白鶴拳―少林禅寺正統』の著者の老師(先生のこと)ではないかと思います。
白鶴門の四大拳、「飛鶴拳(飛ぶ)」「鳴鶴拳(威嚇する)」「宿鶴拳(休む)」「食鶴拳(食べる)」のうち、食鶴拳にスポットを当てた書籍です。白鶴拳は、日本で太気至誠拳法を始められた故・澤井健一先生の老師が興した意拳(大成拳)にも大きな影響を与えたと言われますが、これらは激しい実践的な組み手を行う門派としても知られています。
やはり、当時習っていた詠春拳に似たところがある、ということでとても参考にしていたことを覚えています。今は絶版なんでしょうか? かなりの額まで高騰していますね…。
この書籍の著者である劉銀山老師は、この書籍以外にも、中国武術系雑誌で型や実技を公開されていましたが、型も分解もとても興味のあるものでしたね。

著者は漢方医ということもあり、いろいろな症状に対する漢方薬の処方が掲載されているところも興味深いところです。

白鶴拳―少林禅寺伝正統
5月 23rd, 2007 by icofit

白鶴拳―少林禅寺伝正統

私の高校時代、空手道部は毎年全国大会に出場するような強豪の一つだったので、部活の練習だけでは足りずに夜は師範の道場に通うこともしばしばでした。その道場には、東恩納寛量先生、宮城長順先生、比嘉世幸先生の大きな写真が飾ってありました。
師範の話では、東恩納先生が剛柔流流祖、宮城先生が剛柔流開祖、比嘉先生が範士ということでした。また、東恩納先生は中国に渡りリュウリュウコウという先生に習ったとのことで、宮城先生も中国で修業したことがあるとのことです。
それまでにも空手関係の書籍を読み、空手とは沖縄にもともと存在したとされる「手」が中国武術の影響を受けて発展したものだ、という認識はありました。剛柔流空手の成立に中国武術が深く関わっているとなれば、当然その中国武術にも興味がわいてきます。後に私が詠春拳という中国武術の一つを習うことにしたのは、ブルース・リーが最初に習った拳法だから、という理由もありますが、大学時代に見た詠春拳の術技の写真が剛柔流空手に似ていた、ということもあります。実際習ってみると両者は全く別物でしたが、戦い方についてはちょっと似ている部分もありましたね。というか、詠春拳をやってみたことで逆にわかったこともたくさんあったと思います。
その後、中国の書店で購入した『福建鶴拳秘要』という本があり、これは剛柔流空手に酷似していました。サンチンやセーサンの型で両手を前に出して構える姿勢に近い分解写真が紹介されています。三戦立ちの足の角度、少し低い拳の位置など、違いはありますが、「これが剛柔流空手道の源流なのでは?」と思ってしまいました(実際、そううたっている団体もあります)。
そして、この白鶴拳。私が習った香港の葉問系詠春拳にはない動きがたくさん含まれます。特に、葉問系詠春拳には両足を前後に開く子午馬、左右に開く二字箝羊馬、側身馬はあるのですが、相手に対して前後左右に開く、空手の三戦立ちのような立ち方がありません(実際の動きの中では似た形になるかもしれませんけど)。
この白鶴拳にも不丁不八歩という空手の三戦立ちに似た立ち方が紹介されています。数々の基本動作がこの立ち方で行われているところをみると、白鶴拳の代表的な立ち方なのでしょう。しかし、空手では両足を踏ん張りますし、上述の『福建鶴拳秘要』の姿勢もそのように見えます。それに対しては白鶴拳の立ち方は柔らかく立っている感じでその点では葉問系詠春拳とも似ています。ただ、腰をまっすぐ落とすか、前に出すかという点では、『福建鶴拳秘要』の横から見た姿勢と葉問系詠春拳の横から見た姿勢、および剛柔流空手道の三戦立ちは似ている感じがしますね。また、白鶴拳の型の分解は葉問系詠春拳の技とかなり似ているように感じます。逆に推手に関しては私が習った剛柔流空手道のカキエという練習法にそっくりです。また白鶴拳の套路(型)には私が剛柔流空手で習った型にかなり似た姿勢もありますね。
また、興味深かったのは、福建鶴拳でも、この書籍で紹介される白鶴拳でも、引き手を脇の下にとるような技術が一つも紹介されていないことです。詠春拳や剛柔流空手道の場合は型はもちろん、引き手を脇の下において行う練習は多いです。剛柔流空手道の場合は対人での分解練習もそう。ほかの中国武術の対人技術紹介でも、腰に引き手をとっていることが多くて、格闘技術の適用方法としては疑問を感じることが多いです。
それに対しこの書籍では、対練は基礎的なものしか紹介されていませんが、見る限り非常に実用に持って行きやすいものだと思います。急に危機的な状態になったとき、すぐにとれる姿勢での攻防だからです。

健康のために? 改めて何らかの武道を習いはじめようなどと考えているのですが、なんか習いたいことがいっぱいあって収集がつかなくなってきた…。結局なにも始められないいいわけになってしまってはいけませんね。

沖縄空手剛柔流
5月 22nd, 2007 by icofit

沖縄空手剛柔流

現在、高校時代に習った剛柔流空手の練習内容を改めて整理しなおしているところですが、すでに卒業後23年も経過していることから記憶がはっきりしない部分があります。
ネットで検索したり、いくつかの書籍に当たったりしたのですが、私が初めて習った型の普及型第一、その次の普及型第二という型がどうもみつからないのです(剛柔流開祖 宮城長順先生創作の撃砕第一、撃砕第二をもっと簡単にしたような型です)。また、先輩方が鹿児島の地方大会で演じていた撃破第一、撃破第二という型、私が得意とした鶴破第一、習うことがかなわなかった鶴破第二という型もなかなか見つからない。鶴破第一は、私が日本大学文理学部体育学科(当時)を受験する際に、受験科目の一つとして自分で選んで演じたこともある思い入れのある型です(合格したのに、体育科には行かなかった…)。
撃破については金城嘉孝先生により月刊空手道に紹介されたことがあるということはネット検索で見つかりましたが、鶴破に至っては唯一、渡口政吉先生の尚礼館(尚礼舘)で教えられていた、という情報が見つかっただけです。

そういえば、1990年頃にも、自分が習った空手を整理しようと試みたことがあり、その中の書籍に尚礼舘に関する書籍があったような気がしました。そして見つけたのがこの『沖縄空手剛柔流』です。
ここに、撃破第一、撃破第二、鶴破第一、鶴破第二という型が渡口政吉先生により創作されたという記述を見つけることができました。渡口先生は8つの普及型を作り上げたそうです。宮城長順先生の撃砕第一、撃砕第二と合わせて普及型が10個になるとのこと。

高校の空手道部は比嘉世幸先生の系統で、母体となる道場も尚礼舘ではありませんでした。また、少なくとも鶴破一は、微妙な差はあってもほかの剛柔流系の空手道部の生徒も演じていたことを記憶しています。空手界の横の交流によって伝わったものでしょうか?
ちなみに当時私が所属した空手道部もしくは師範(監督)の道場、本部道場で練習されていたのは以下の型でした。

【普及型】
(1) 普及型第一 ○
(2) 普及型第二 ○
(3) 撃砕第一 ○
(4) 撃砕第二 ○
(5) 撃砕第三 ○
(6) 撃破一 ○
(7) 撃破二 ○
(8) 鶴破一 ○
(9) 鶴破二

【古式の型(と部内では呼んでいた)】
(1) 砕破 (サイファ) ○
(2) 征遠鎮/制引戦 (セイエンチン) ○
(3) 十三 (セイサン)
(4) 十八 (セイパイ) ○
(5) 三十六 (サンセイルー)
(6) 士壮鎮/四向戦 (シソーチン)
(7) 久留頓破/来留破 (クルルンファー)
(8) 一百零八 (スーパーリンペイ)

【鍛錬型?】
(1) 三戦 (サンチン) ○
(2) 転掌 (テンショウ) ○

○が付いている型は私が高校時代に習うことができたものです。
撃破一、撃破二は記憶が曖昧で、多分自分が今通してできている(体が覚えている)のは撃破一のような気がします。これは識者に確認しないとわからないですね。鶴破一は今でも動きを覚えています。
渡口先生の門下では「鶴破第二」のあとに「白鶴」という型もあるようです。
このほか、本部道場の館長が鹿児島県大会の型試合用に送ってくださった「龍拳」「虎拳」という型もありましたね。はっきりと記憶していないのですが、前者は鹿児島の県大会、後者はそのあとの九州大会以降で演じた記憶があります。今では実演可能な型が制定されているはずで、このような創作型で大会に出るようなことはありえません。当時の私たちも受理こそされましたが、翌年からは一般的に認知された型でエントリーするように言われた記憶があります)。これらの創作型はクルルンファーとスーパーリンペイから一部抜き出した技術を組み合わせたもので、難度が高く、残念ながら私も部分的にしか記憶していません。

とりあえず、この書籍で撃破と鶴破についての記述を見つけることができ、ちょっとほっとしました。

また、この書籍の重要なキーワードとして「解裁」という言葉があります。古流型の各動作を先人が意図したと思われる実用法として、2人で行う組み手に再編成し直すことだそうです。もちろん私たちもその一部は習いましたが、たまたま私たちが習った解裁は、この書籍では「誤った解裁の例なのだそうです。型を見たままの分析しかしなければ、本当のことはわからないといいますが、でもある程度まで技量を高めた方々がそれぞれ違う解釈をされているというのは、「型がどうにでも解釈できる」という特徴を持っていて、「本当はなにも隠されていないものを発見したように勘違いしてしまう」危険もあるのだということだと思います。

※ 高校時代の私たちは「かた」のことを「形」と表記していましたし、高校の競技でも「個人形」「団体形」と表記するようですが、「型」と表記する場合も多いし、私はそちらのほうがしっくりくるので「型」と表記しました。

空手道入門 (1977年)
5月 16th, 2007 by icofit

空手道入門 (1977年)

最近のこのコーナーの傾向を見ておわかりかもしれませんが、最近になって昔入手した空手道関連の書籍を次々と引っ張り出しては読む、ということを繰りかえしています。
前回もかなり古い書籍でしたが、今回はその10年後に出版された書籍です。題名は同じですが、こちらは当時は30代の、若手ともいえる先生方の共著で全く別物です。
松濤館流空手道の書籍とあって、貴重な船越義珍先生の昭和5 – 27年頃の模範写真・指導写真3枚が掲載されていたのが興味深かったです。
少し前に『義珍の拳』を読みました。この読み物には義珍先生本人の技術と後世に伝わる技術が乖離していたという見解が書かれているので、この写真からそれが確認できないか、凝視してみたのですが…。残念ながら、実際に演武していた写真は2枚しかなかったのでそれを確かめることはできませんでした。

それぞれの写真は大きくはないですが、13種類の型が紹介されており、対人の分解もなかなか豊富です。

私がこの書籍を見て一番驚いたのは、私が高校時代に所属していた空手道部の体力作りカリキュラムが、この書籍に紹介されているものとほとんど全く同じだった、ということですね。私が習っていた空手の技術そのものは剛柔流だったのですが、当時の先生が小林流でも7段位くらいまで持っていた先生だったので何らかの接点があったかもしれません。あるいは、先生もこういった書籍を参考にしていた可能性もあります。ストレッチをのぞき、今はほとんど行わなくなってしまった鍛錬法ですが、とても懐かしく思いました。

空手道入門 (1967年)
5月 16th, 2007 by icofit

空手道入門 (1967年)

私が武道に一番最初に興味を持ったのは、私が鹿児島県西之表市に住んでいたときですので、おそらく最古の記憶がある3歳から7歳くらいの間のことだったと思います。
当時母方の実家のお風呂は五右衛門風呂で、毎日薪や板を燃やしていました。ある日、近くにいた父が厚さ1cm程度の板を左手の上に載せ、反対側の手刀を振り下ろして真っ二つにしてしまいました。あまりに見事に、あっさりと割ってしまったので「もう一回見せて」と私が頼むと、何度か繰り返し割ってくれました。一度も失敗することなく、本当に簡単に割ってしまうので私もまねしてみましたが、当然できるはずもありません。
「これはいったい何?」と確認すると、「空手の技だよ」といいます。
「すごい。空手って」と私はそのとき思いました。
父親が正式に空手を習ったことがあるのかどうかは、実は未だに謎だったりしますが、その答えの一端を父の本棚に見つけることができました。父の本棚に置いてあったのは、この『空手道入門』でした。遠山寛賢という独特の風貌をした先生の写真を見て、子供心に「この人はただ者じゃない」という感想を持ったことを覚えています。もともとソフトカバーの本だったと思われますが、私が見たこの書籍はすでにカバーが失われていました。
多分私が初めて目にしたのは小学校低学年のときだったはずですが、漢字だらけで、分解写真に「一の呼称で」などと意味がわからない解説があったにもかかわらず? かなり楽しんで読んだ記憶があります。特に興味深かったのが、錆びたボルトを素手で回したエピソードと、米兵数人に殴りかかられたが、呼吸法で跳ね返したエピソードですね。
その後私が高校の空手部で剛柔流空手を習うようになり、この書籍を何度も読み返すようになりました。ほかの学校の生徒が実演する型と、この書籍で紹介される型には大きな違いがあるなあ、と感じたのを覚えています。最近見た本部朝基先生の写真などと照らし合わせても、やはり私のライバル校の生徒が実演していた型はやはり競技用に改変されているのだろうと感じます。もちろん、私自身が練習していた剛柔流の型も「競技のときはこうしなさい」という指示があったので、道場での練習はまたことなるのかもしれませんが。
この書籍で遠山寛賢先生は、「空手に流派の成立つ理屈がない」「多少の相違は認めるにしても、これは空手修業上、当然の使いわけ」と述べています。確かに本質的な面ではそういうとらえ方もあるのかもしれませんが、私自身はやはり団体によって一つ一つの技の軌道もコツも、かなりの相違があるため、この書籍が出た当時であっても「流派が存在すること」を完全に否定することは難しかったのではないかと思います。

現在は、この書籍は父から譲り受けて私の蔵書に収まっています。
この書籍にはハードカバー版(1969)が存在しますが、こちらは1987年に古書店で入手しました。現在、傷みが激しい父親からもらった書籍の変わりに、こちらのハードカバー版を読むようにしています。

先日、妻の実家に遊びに行ったとき、川原で石割をして楽しみました。このとき、5歳の次男も、薄い石ではありましたが石割を成功させてしまい、びっくりしました。長男が初めて石割をやったのも7歳のとき。私が5歳や7歳のときからは考えられないことですね。私も負けられないので、私の前腕より太いような石で試してみました。川原の石は全体的に割りやすいですけど、難易度は石の種類によりますね。砂岩は簡単に割れますが、きめの細かい石は何発もたたきつけないと無理でした。
私が幼児のときにあこがれていたことに5歳と11歳の子供たちがチャレンジする。なんか、不思議な感じです。

2007/05/20追記
今、私が所持している2冊の書籍を改めて引っ張り出して調べてみました。
父が持っていた書籍は『空手入門』というタイトルで、序言の前のページには「空手道入門」と刻印されています。発行所が「元文社」となっていて、発行日は1968年4月10日です。私が持っているハードカバー版が『空手道入門』というタイトルで、発行所は「鶴書房」となっています。こちらは1969年5月10日発行。
両者の中身は同じで、掲載されている写真は、個人的には前者のほうがきれいであるように感じます。
「元文社」版の前書きには「鶴書房編集部の各位に対し厚く感謝の意を表する」とあります。また、元文社と鶴書房の住所は同じですから、1968年前後に名前や経営が変わったのかも知れませんね。いずれにしても、鶴書房はすでに存在しないそうですから、事実関係が確認できません。

栄光への軌跡―日本格闘家列伝
5月 13th, 2007 by icofit

栄光への軌跡―日本格闘家列伝

1997年の本ですが、最近近所の古書店で入手した1冊です。
私は高校時代から20代前半頃、モチベーションを高めたり維持するのにいろいろな格闘選手の自伝や伝記などを読んでいました。今見直してみるとそのほとんどが空手関係。そのほかもボクシングやキックボクシングなどの打撃系格闘技選手のものですね。その後しばらくは技術書や専門書などを読むことが多くなり、また最近になっていろいろな人の伝記などを読むようになってきました。
この書籍には私よりかなり上の世代の人の体験がつづられています。上記したように私は空手以外の選手の体験はあまり読んだことがなかったので、柔道やレスリングの選手の話が新鮮でした。また、あまり苦労せずに育った私にとっては、戦後、あるいは戦中の彼らの壮絶な生き様が印象に残りました。何をするにしても、私はまだまだ努力が足りない、と再認識させられました。
一人一人の項がさほど長くないのでもっと読みたいという気持ちになりましたが、それぞれの皆さんにスポットを当てた書籍もありますので、改めてそちらを読み直してみたいと思いました。

DVDでマスター テコンドーバイブル
5月 10th, 2007 by icofit

空手部に所属していた高校時代、実はテコンドーにもかなりの興味を持っていました。なぜかというと、ブルース・リーに関するいくつかの書籍で、「ブルース・リーの足技はテコンドーのもの」という記述を見かけたからです(今思えば、短絡的すぎる分析ですね)。
当時私はビデオデッキも持っていないし、テコンドーに関する資料がほとんどありませんでした。空手雑誌などにときどき載る記事・写真は貴重な存在でした。その少し後に出たおそらく日本初のテコンドーの専門書(ちょっと探してみましたが、本棚の奥にあるらしく出てこないです)が出版されたのですが、一目見て「これ、空手?」という感じで、一番見てみたかった後ろ回し蹴りは掲載されていなかった記憶があります。実際に動いているところをみると、空手とは全然違うんですけど、写真と解説を見ただけの当時の私にはわかりませんでした。
東京に出てきてようやく、24回払いでビデオデッキを購入することができ、ようやく断片的ながらテコンドーの映像を集めることができるようになりました。しかし、上記のテコンドーの書籍で紹介されている動きとは全く異なる動きで、蹴りの連続技は流れるようでした。
当時の私は蹴りが得意で、リズムは全く異なるもののTVで紹介されるようなテコンドーの連続技は、普段の練習やスパーリングなどで普通に出せていました。
その後、有名アクションクラブに所属したことのある人と一緒に、別のアクションクラブの練習に参加したことがありました。なぜか私のほうがアクションクラブと間違われ、それがきっかけで「テコンドーのソウルオリンピック強化選手を集めているんだけど、一度来てみないか」という話をいただいたこともあります。しかし当時パンチが下手くそな私は、詠春拳という武術を始めたばかりでした。しかも、蹴りが得意なはずの私が、詠春拳の先生と蹴りだけでマス・スパーリング(6割程度の力でしたが)を行い、全く歯が立たなかったのです。まさか、蹴り技が苦手と思っていた詠春拳に蹴りの応酬でしてやられるとは思いませんでした。それはそれは不思議なフォームで、意外な位置から蹴って私に正確に当ててくるので、全く攻撃が読めずに混乱したことを覚えています。
そんなわけで、テコンドーへのお誘いはとても魅力的でしたが、まずは目の前のクリアしなければならない課題を優先しなければならないと思い、お断りしてしまったのです。私は本当にチャンスを生かす能力がないというか、この件に関しては本当にバカなことをしたと後悔しています。全国から集まってくる人たちを前にしてしまえば、私なんてきっと普通レベルで、選考からも漏れてしまっていたとは思います。でもこれは経験しておくべきだった…。

というわけで、この「DVDでマスター テコンドーバイブル」についても、書店で見つけて一も二もなく購入してしまいました。最近の書籍はDVDがついていて、本当にいいですね。分解写真で見れば空手的に見える動きも、動画で見れば空手とは全く異なることがわかります。
ただ、この書籍とDVDを見て思ったことは、ここで紹介されている基本技術は、以前持っていた書籍と同様、試合で見る動きや技とはかなりの乖離があるんですね。これはもちろん、私がやっていたスポーツ系の空手でも、友人たちがやっていたフルコンタクト系の空手でも同じことがいえました。私としては約束組み手的な適用だけでなく、実際のフリー・スパーリングや試合などでそのまま利用できる形の技術を見てみたかったです。
基本の蹴り技は、試合で見るような流麗なものではなく、もっとずっしりしたものですが、やはり師範の方々の蹴りの切れはすごいです。現在股関節の不調のため、私にはできなくなってしまった跳び後ろ回し蹴りをこともなげにやっています(いわゆる跳び外回しとは違う、難易度の高いものです)。また、テコンドーの後ろ回し蹴りは、上体を反対に切って股関節を中心に蹴り脚を走らせる蹴り方が主体だと思っていましたが、このDVDで紹介される後ろ回し蹴りは日本のフルコンタクト空手の試合で見られるような、上体も蹴り脚についてくるタイプのフォームでした。ブルース・リーの映画をみると、多くの場合彼は上体を反対に切る動作を使って股関節からしならせていますね。このDVDで紹介されている膝で巻き込むような後ろ回し蹴りとはちょっと違います。香港映画で蹴りがすごいといえば、ブルース・リャン(カンフー・ハッスルにも出演していましたね)ですが、この人の場合はこれらの2つのパターンとは違って、体を先に正面に向けて外回しぎみに蹴ります。比較的楽に高く蹴ることができますし、他の蹴りに続けやすいフォームです。

私はMTBによる軸足首のけがと股関節痛のため、特に飛び系の技がうまくできなくなってきていますが、このDVDを刺激に、今年中に復活させたいですね。

沖縄空手STYLE―格闘技通信SPECIAL
4月 30th, 2007 by icofit

沖縄空手STYLE―格闘技通信SPECIAL (B.B.MOOK―スポーツシリーズ (427))

私は高校時代に剛柔流空手を習っていて、道場には東恩納寛量流祖、宮城長順開祖、そして比嘉世幸先生の写真が飾ってありました。こんなこともあって、今でも「空手」「沖縄空手」についてはひとかたならぬ興味を持っています。
この書籍も上記のような理由で購入した一冊なのですが、私にとっては大きな見所が二つありました。それらはいずれも、女性空手家の技量と可能性に関わる記事です。
まずは、小林流神人武館の女性師範の演武をカラー写真で紹介したページに釘付けになりました。電話帳の1ページをボクシングのパンチングバンテーブルからつるして、ひもをくるくる回して不安定な状態にします。その紙に突きを入れ、2つに裂くのです。さらに2分の1になった紙に突きを入れて、それも裂いてしまう。
これはとても難しい技だと思いますが、なによりすごいと思うのは、顔の表情が全く変わっておらず、あごの力も抜けていることですね。
私も5センチくらいの距離から突く寸勁という技術でローソクの火を消したり、同じく寸勁で30cm離れたところに立てた鉛筆を倒すなどの練習を一時行っていましたが、半分の大きさの大きさの電話帳の紙を切れるかどうかはわかりません。ちなみに、昨日厚めのインクジェット用紙で試してみたら、残念ながら寸勁では切れませんでした…。固定に使うクリップの重さや紙の厚さの違いもあると思いますが、おそらくはかなり難しいデモンストレーションになるのではないかと思います。

もう一つ私が驚いた記事は上地流山会の師範の娘さんの三戦(サンチン)の演武の紹介ページです。単なる型の紹介というのではなく、女性がその型を行っている状態で、別の男性の門弟が思いきり膝の上の外側の部分を思い切りローキックで蹴っているのです。写真の蹴り方で見る限り、私が蹴られる立場だったら一発で倒れますね(笑)。脇を正拳で突かれても表情を変えていません。
私も高校時代に三戦を毎日練習していたころはよくいろいろな場所を突かれたり蹴られたりして、私は比較的打たれ強いほうだと思っていましたけど、当時はまだまだ伝統空手にフルコンタクト空手の技術を取り入れるような風潮もなくて、回し蹴りを思い切り蹴られたことはなかったです。

これらの女性お二方の記事を見て、女性のポテンシャルのすごさに改めて驚嘆しました。

»  Substance: WordPress   »  Style: Ahren Ahimsa